[ 八犬伝邪読 - 17 ]

● 素藤の戦争目的
　八犬伝後半は蟇田素藤の乱に始まる。
　岩波文庫・全10巻のうち、第５巻の終盤～第６巻まるまる全部～第７巻の序盤までという長丁場だ。
　それだけ大きな話なのは、神童・犬江親兵衞のデビュー戦でもあり、久々の房総半島舞台の話でもあるためであろう。

　戦争とは、それを起こす側に戦争目的がある。
　たいていは、「俺に従え（＝米か金か労働力を俺に上納しろ）」とか「領土をよこせ（＝俺に納税しろ）」とかいう経済目的だが、「悪（＝異教徒）を滅ぼす」という、自分の正義を絶対だと信じている側が、他人の正義を悪と認定して排除する戦争もある。前者は、人的資源を含めた経済インフラを奪って自分のものにする場合に限っては、敵方の破壊を極力避けるが、後者は殲滅をめざすので残虐になりがちだ。
* これだから「正義」ほど恐ろしいものはない。
* 経済目的でも、競争相手を叩き潰すために経済インフラを徹底破壊する場合もあるし、近代戦ではむしろこれが主流か。
* もうひとつ残虐なのは遊牧民の戦争。これも経済目的ではあるが、遊牧に必要な草原を畑に変えてしまう農民は皆殺しになる。

　で、蟇田素藤の戦争目的は──
　「里見の浜路姫を俺の嫁によこせ」
　──である。

　なんだかなぁ…
　こんな戦争では、勝ったところで、家臣にとって何の利益もないし、正義に酔う快感もない。
　言わば「やってられねぇ」って話だ。
　とはいえ、素藤には妙椿の妖術が味方についているので、家臣としても恐ろしくて逆らうこともできない。もっとも、その妖術が味方についているので、戦争に負けて酷い目に遭うリスクが少ない安心感はあるかもしれない。
* 結局は、妖術を上回る神童の出現で負ける。なのに素藤は再叛。家臣にとって、二度目は安心感どころか、「またあの神童が来たら…」という不安だらけだったであろう。

● 妙椿の思惑
　そもそもの発端は、妙椿の妖術。
　素藤に里見の浜路姫の姿を見せて、「この美女を嫁に欲しい」と思わせたことにある。

　妙椿狸には、玉梓の余怨がとりついている。

「狸兒にも亦玉梓の、餘怨夤縁りたりけるが、是のみいまだ得脱せず、今も里見殿を怨めるよしは…」 （第九輯下帙上第百十七囘）

「八房の前身は、その性僻る婦人なり。渠はおん父義實朝臣を、怨ることあるをもて、寃魂一隻の犬となりて、おん身親子を辱しむ」 （第二輯第十二囘）

● 浜路姫への幻想
　蟇田素藤は、浜路姫の姿（妖術による映像）だけ見て「嫁に欲しい！」と思って暴走した。
　素藤はそれでいいのか？（その２）
　外見が美しくたって、中身は極悪非道の毒嫁かもしれないんだぞ？
　実際、八犬伝世界には、玉梓という実例がいたではないか。

「外面如菩薩、内心夜叉、顔と心はうらうへなる、汝は錦の嚢に包る、毒石に異ならず」 （肇輯第六囘）

● 怨霊の構造
　……と思ったけど。
　やっぱり凄くないかもしれない（どっちだ？）

　妙椿は、どこで手に入れたのか甕襲の玉を所持していて、その力を利用して妖術を使う。しかも、八房に乳を与えてから約三十年も経て妙椿として活躍。長生きでもある。そこだけ見れば「凄い」という評価になる。
* 八房誕生は、第百十七回の記述では文安四年（1447）だが、第八回の記述では享徳元年か二年（1452～1453）になる。確定できないので、妙椿潜伏期間も約三十年としか言えない。

　そんなに凄い力を持っていながら、なんで乳を与えた子犬の八房（＝玉梓怨霊の生まれ変わり）から怨念を移されたのだ？

「八房は、毒婦玉梓が後身なれば、里見に害あるものなりしを…」 （第九輯下帙上第百十七囘）