[ 八犬伝邪読 - 18 ]

● 生霊と死霊
　今回は、低俗な亭主らしからぬ、高雅な話から入る。
　源氏物語である。
* 亭主程度の古語知識では、源氏物語を原文で読むことは不可能。読んだのは現代語訳（与謝野晶子氏による全訳）である。

　源氏には、六條御息所（ろくでうのみやすんどころ）（六条御息所（ろくじょうのみやすんどころ））という女性の登場人物がいる。
　彼女は光の君の初期の愛人であり、彼女の後に光の君が関係した他の女（夕顔と葵の上）を、生靈（いきれう）（生霊（いきりょう））となって呪い殺した。さらに死後も死靈（しれう）（死霊（しりょう））となって、紫の上や女三宮に憑くという執念がすごい。

　ぶっちゃけ、八犬伝最強の死霊である玉梓より恐ろしい。
　玉梓の場合、金碗八郎自害の場にうっすら姿を現しているので、八郎を呪い殺した可能性はある。ただ、八郎の自害の理由からして、呪いに関係なく死んでいただろうから、呪い殺したと断定はできない。

「されば金碗八郎が死果るとき星堕て、七日の月は西に入り、陰々として心火閃き、女子の像、影のごとく、大輔に身にそふて、かき消す如くなりにけり。これを見るもの義實のみ、その餘はすべてしらざりき」 （肇輯第七囘）

● 呪殺 vs 毒殺
　黒白（あやめ）。
　道節の父・犬山監物貞与入道道策の妾にして、浜路の実母。

道節「初の側室は黑白（あやめ）にして、後に來つるは阿是非（おぜひ）なり。そのときわが父戯れに、兩妾に宣く、汝等兩人誰にもあれ、男兒を産るものを、後妻にせんと約し給ひつ。かくて阿是非は有身て、長祿三年九月戊戌の日に、男兒を産てけり。（中略）されば約束なりければ、わが母をもて正妻に、推のぼし給ふになん、黑白は妬怨みつゝ、気色にはあらはさず。寛正三年の春、渠は女の子を産てけり。臨月早春なりければ、女の子を正月と名づけたる。正月は、妹そなたの事なり。さる程に、黑白はわれより後に來つる、阿是非にははや男兒を産れつ、われは遅れて女の子を産てば、六日の菖蒲、十日の菊、それにもましてあるかひなし。こゝにますます堪ずやありけん。寛正四年の春のすゑ、わが父は、主君煉馬殿の使者として、京都將軍家へ祗候の折から、黑白は、今坂錠庵という醫者を窃に相譚て、わが母を毒殺し、吾儕を縊殺しつゝ、時疫にて母も子も、暴に身まかりぬと僞りて、菩提寺へ葬りけり」 （第三輯第廿八囘）

● 怨霊の資格
　玉梓は、彼女自身が納得できない理不尽な処刑によって、強い怨念を抱いた。それゆえの怨霊化だ。
　であるならば、黒白の妬みのせいで、理不尽に命を縮められた阿是非は怨霊になってもおかしくはない。他にも納得できない死に方をした人物は数多くいる。にもかかわらず、阿是非も、その他の人物も、怨霊にはなっていない。
　源氏物語だって、光源氏があちこちの女に手を出している以上、あちこちで他の女に対する嫉妬心が渦巻いているはずである。だが、他の女を呪い殺せたのは六条御息所だけだ。
　つまり、生霊も死霊も、誰もがなれるわけではない。

　ならば、どういう資格があれば、怨霊になれるのか？

役行者らしき翁「寔に靈の祟あり。これこの子の不幸なり。禳ふにかたきことはあらねど、禍福は糾る纏の如し。譬ば一個の子を失ふて、後に夥の翼を得ば、その禍は禍ならず。（中略）これを委細に示すときは、天機を漏すのおそれあり」 （肇輯第八囘）

● 余談・黒白は毒親
　黒白は、犬山監物という殿様の妾である。
　阿是非にしてやられたと恨んでいるが、実は彼女だって、殿様から選ばれなかった数多くの女性から見れば嫉妬の対象であろう。要は No.1 と No.2 の争い。金メダルか銀メダルかの争いと同じなのだ。

　で、金メダルが取れなかったと。
　それが耐えられないほど悔しいと。
　そういえば、スポーツ選手でも「金以外はカスと同じ」みたいな事を言う人が時々いるし、「100点以外は負け」と言って 90点をとった子供を叱る毒親もいる。黒白の発想はそういう毒親と同じ二元論だなぁ、と思う。
　名前が「黒白」なのも、グレーのない「白黒二元論」だから？

　仮に黒白が阿是非を殺さずに生きていたとして、娘の浜路にとっては、けっこう辛い家庭だっただろうなぁ、と思う。
　自分がもし浜路だったとして、テストで 90点とっても怒られたら、完全にグレてただろう。で、兄が隠し持っている火遁の書を盗んで、火遁の術を悪用するのだ。本郷三丁目あたりで「寂莫尼浜柳の火定」というイベントで金を集めるが、消防法違反で捕まりそう。
* このページを公開した後に気づいたが、黒白が生きていたら、娘の名前は浜路ではなく正月のまま。てことは「寂莫尼正柳の火定」になる。