白龍亭・里見八姫の陰陽☯

目次 >> 考察 >> 八犬伝の謎/里見八姫の陰陽☯(2026年 7月~)

[ 八犬伝の謎 - 25 ]

● 陰陽の対
 八犬伝の謎-24「長子の陰陽☯」で、意外なところで陰陽がついになっている例を見つけた。
 ということは、他にも陰陽の対があるのではないか? それを頭の片隅に入れつつ、八犬伝邪読-36「浜路 - 徒花あだばなの悲劇」を書いている時に気づいた。里見義成の娘=八姫のうち、五の姫・浜路がなぜ鷲にさらわれてしまったのか? その答とおぼしき事に。
* 陰陽ではないが、亭主も対が気になるタイプだ。たとえば「赤いきつね」が好きだが、最低でも一度は対となる「緑のたぬき」も食べないと気が済まなかった。ビールも「アサヒ・マルエフ」が好きで飲んでいるが、これも対となる「黒のマルエフ」も一度は飲まないと落ち着かなかった。同様に「銀チョコロール」と「金チョコロール」も対で食べないとダメなのだ。もっとも、これに関しては、後に「銅チョコロール」を見つけてしまい「対じゃないのかよ」と思った。

 気づいたきっかけは、丶大のセリフだ。

丶大禪師犬塚いぬつか濱路はまぢといふ、結髪ゆひなづけ少女をとめあり。また犬村いぬむらは、雛衣ひなきぬといふ賢妻けんさいあり。すなはちこれやう獨立ひとりたゝざるのよしなり」 (第九輯下帙下編之下 第百八十勝囘中編)
 犬塚に浜路がいて、犬村に雛衣がいたのは、陽だけではいられないから、と。
 つまり、犬士は陽で、そのパートナーたる女性は陰ということになる。それは、浜路や雛衣が死んで、後に八犬士と八姫が結婚する件でも同様で、八犬士は陽で、里見八姫は陰であろう。

 そこに何か問題が?

 一見、何も問題はない。八人+八人で都合よく釣り合っている。でも、陰陽の対という問題がからむと、異なる面も見えてくるのだ。

● 第九輯の不可思議
 南総里見八犬伝は全部で九しゅうだが、第九しゅうだけで全体の半分を占めている。
 しゅうの下位分類であるちつまで数えたものを仮にしょうとすると、全十九しょうになる。だから、素直に附番すれば、全部で十九しゅうになってしかるべきた。それなのに、何故「九」でなければならなかったのか?

 おそらくは、九が陽を代表する数だからだ。
 陰陽を語る上で避けて通れないのが易経だが、その中で、九が陽、六が陰を代表する数として扱われている。
* 正確に言えば、易では「六=老陰、七=少陽、八=少陰、九=老陽」である。老陰は純陰、老陽が純陽なので、陰陽を代表する数字は、六と九になる。少陽は陰を含むし、少陰は陽を含むので、陰陽の代表数字とはならない。
 代表はともかくとして、奇数が陽、偶数が陰に分類されるのだ。

 つまり、馬琴は九という陽数にこだわった。
 なぜか?

 以下は亭主の推測にすぎないが、八犬伝だからだと思う。
 陽たる犬士の物語のタイトルが、よりにもよって八という陰数なのだ。このままでは陰に偏ってしまう。そういう状態は馬琴の目からは不安定に見えるであろう。安定させるためには、カウンターとしての陽が必要になる。それが全九輯という不可思議な章立ての正体だろうと思う。

● 八姫は不安定
 犬士は陽。
 なのに八人。陰数である。

 犬士の妻になる八姫は陰。
 八人だから数も陰。

 この組み合わせはバランスが悪い。陽の犬士が陰数なら、陰の姫は陽数でなければ、対としてバランスしない。つまり、八姫ではなく七姫でなければならない。しかし、婚姻である以上、同数であることが必須。

 大いなる矛盾。

 カオスな世界なら何の問題もない。だが、八犬伝世界は秩序を求める世界。この不安定な状態をそのままにしておくはずがない。そう考えた時「やっぱり七姫じゃん」と気づいた。

● 運命は八を破壊する
 浜路姫はなぜ鷲にさらわれたのか?
 それは、八を七にするためだ。
 彼女が安房に帰還した後も、七にする運命は繰り返される。蟇田素藤による求婚を因とする妙椿狸による浜路姫の拉致未遂。だが、この試みは失敗し、八姫を七姫にはできなかった。陰陽のバランスに抗う別の力(伏姫?)があるのだ。

 そのまま、八姫は八犬士の妻となる。

 陰陽のバランスを乱したまま?
 そんなわけはない。運命はやはり七姫を求めたのだ。つまり、一の姫・静峰の早死だ。彼女は陰陽のバランスのために、運命に消されたと言ってよい。運命を司る天はやはり非情だ。

● もし姫を欠きたくなかったら?
 浜路姫がさらわれたり、静峰姫が短命に失われたりしないで済む方法はあるのか?
 ある。それは里見義成が頑張って?もうひとり姫を作ること。九姫になれば陽数だし、誰一人死なないで済む。

 無論、九姫の場合、八犬士の妻になるという栄光?からひとりだけ取り残される。それはそれで非情な話だが、静峰姫は長生きしたはずだ。もっとも、余った姫の扱いが困るであろうし、物語的には逆にバランスが悪い話になってしまう。……結局、死ぬにせよ、余るにせよ、どう転んでも誰か一人は犠牲になる。
* 八犬士の妻になれない九番目の姫は表向き「ハズレ」だろうが、家族を見捨てて仙人になってしまう犬士の妻にならずに済むことは、実は「アタリ」かもしれない。つまり犠牲ではない。カジノでいえば、ジャックポット級の幸せ。

 ──そもそも数字に陰陽を充当した易経が悪い。
 更に言えば、そんな易経を四書五経の筆頭として重視した儒教が悪い。つまり八犬伝世界を支配する価値観が悪い。って元も子もない結論になってしまった。


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