白龍亭・浜路 - 徒花の悲劇

目次 >> 考察 >> 八犬伝邪読/浜路 - 徒花の悲劇(2026年 7月~)

[ 八犬伝邪読 - 36 ]

● あだばな…
 今回は、いきなり引用する。
* 引用部分を読み飛ばしても、内容がわかるようには書いている。

丶大禪師犬塚いぬつか濱路はまぢといふ、結髪ゆひなづけ少女をとめあり。また犬村いぬむらは、雛衣ひなきぬといふ賢妻けんさいあり。すなはちこれやう獨立ひとりたゝざるのよしなり。しかるに濱路はまぢ雛衣ひなきぬまた犬江いぬえはゝ沼藺ぬいは、みなこれ良善心烈りやうぜんしんれつ婦人をなごなるに、非命ひめい那身かのみころせしは、果報虗くわほうむなしきにたれども、こも亦故またゆゑあり。たとへ草木さうもく花開はなさきて、まさむすばまくするときに、かならずまづ虗花あだばなあり。この虗花あだばなありて、のち実花なりばなあり。かゝればくだんみたりの婦人をなごは、犬塚いぬつか犬村いなむらため虗花あだばななれども、その心烈貞實しんれつていじつなる、千載せんさいのちのこさば、なほ千葉茶蘼花やへやまぶきなくして、はな賞玩しようくわんせらるゝごとし。すでこの虗花あだばなちりて、濱路姫はまぢひめ鄙木姫ひなぎひめ実花なりばなあり。こゝにいたりてむすびて、子孫繁昌しそんはんじやうすべきものなり」 (第九輯下帙下編之下 第百八十勝囘中編)
 丶大は言う。
 犬塚信乃の許嫁いいなづけ=浜路と、犬村角太郎(後の大角)の最初の妻=雛衣は「虗花あだばな」だと。
 それらが散って、実際に信乃の妻になった浜路姫と、大角の妻になった鄙木姫という「実花なりばな」が咲いたと。
* 上記引用文中、「実花」は、正字の「實」ではなく、略字の「実」が使われている。一方で「心烈貞實」のように正字が使われている箇所もある。ここはお路代筆箇所だが、彼女は「實」と「実」をなぜか両方使っている。どういう基準で使い分けていたのか、気になるところだ。

 あだばな、とは?
 実を結ばずに枯れてしまう花である。
 八犬伝では「虗花」と書くが、一般には「仇花」や「徒花」と書く。
* ちなみに「虗」は「虛(虚)」の異体字。
* このページでは、引用部分とイラスト以外は「徒花」で統一する。

 大方は「後に何も残らなかった」という虚無的な意味に使われるが、他に、大輪の花を咲かせるため=大輪の花に養分を回すために「犠牲になって枯れる花」というニュアンスの用法もあり、八犬伝では後者であろう。なぜなら、散った「徒花」が先にあって、その後に大輪の花である「実花」が咲く、というようにセットで語られるからだ。
 で、まず大塚の浜路や雛衣が散って、後に浜路姫や鄙木姫が大輪の花を咲かせて、子孫代々栄えましたとさ。
 丶大はこれを美談のように語っているけど、なんかスッキリしないよね。

● 死してなお誠心
 徒花の浜路と、実花の浜路姫。
 本来、接点などない両者は、信乃の甲斐物語で接触する。大塚の浜路の霊が、後に里見の姫だと判明する甲斐の浜路に乗り移って、信乃にメッセージを伝えるのだ。

濱路わらは四稔よとせさきつなつかの左母二郎さもじらう非道ひどうやいばに、命果敢いのちはかなく圓塚まるつかなる、火定くわじやうあなほうむられて、ほねとゞめずなりしかど、魂魄こんぱくはなほ旦暮あけくれに、おんのほとりに夤緣まつはりて、いはまくほしき事しもあるを、陰鬼陽人方異いんきやうじん みちことなれば、本意ほゐ得遂えとげずいたづらに、光陰つきひすぐはべりしに、こゝなるあるじの女兒むすめの、わらはおなじきのみならで、おん月下げつかむすばれたる、宿因しゆくいんあれば形體かたちりて、事情ことのこゝろ告侍つげはべり。さきにおんわらはために、生涯せうがいつまめとらじ、とのたまはしたる御心操みこゝろばへの、ありがたきまでかたじけなく、よろこばしうははべれども、そのこと末遂すゑとげて、わらはをわすれ給はずは、こと便宜びんぎにうちまかして、たゞこのをとめわらはぞ、と思ふてえにしをむすばし給へ」 (第七輯 第六十八囘)
 大塚の浜路は死後、霊魂となって信乃の周囲にまとわりつくものの、直接の接触はできなかった。が、同じ名前にして信乃と宿因のある甲斐の浜路の身体を借りて、ようやく信乃に言いたいことを伝えられた。
 その内容は「生涯正妻を娶らないとか言ってるけど、この甲斐の浜路と結婚してね」という話。
 自分自身の恨みつらみを伝えるのではなく、あくまで信乃を想っての伝言である。ここで大塚の浜路による「正妻を娶る許可」がなければ、後に里見の浜路姫を正妻にする信乃が「嘘つき」や「誓いを守らない男」になってしまう。浜路の霊はそれを防いだのである。

 ちなみに、信乃が「生涯正妻は娶らない」と言ったのは、処刑寸前の荘助を救出した「庚申塚刑場襲撃」の後、逃げ切った四犬士が休憩した「雷電神社」でのことだ。
犬塚信乃それがし諸賢しよけんたすけによりて、あげ いへおこすとも、また正室ほんさいめとるべからず。子孫しそんためやむことなくば、おんなめのみにて事足ことたりてん(第五輯 第四十四囘)
 要するに四犬士が語り合うこの場面で、脇に浜路の霊がいて聞いていた、ということだ。
* この雷電神社の場面は、浜路が犬山家の娘だと知って急に信乃の態度が変わった事とか、正妻はダメだけど妾は可って何?とか、色々問題がある。これについて、小谷野敦著「八犬伝綺想」や「もてない男」に分析がある。

 思うのだが、浜路の霊魂の四年をかけてのこの行動は、もしかしたら無意味だった可能性がある。

 仮に、浜路の霊魂による「正妻を娶る許可」がなくても、信乃は浜路姫を正妻にしたはずだ。
 浜路姫は主君の娘なのだから、主君に逆らって婚姻を拒絶したり妾にしたりはできない。その場合「同じ名前だから、これは宿命」とかなんとか言って、かつて「生涯正妻は娶らない」といった過去についてあれこれ言い訳しそうである。で、犬士の言葉だから、そんな言い訳も通用して話は進むであろう。
 つまり、浜路の霊魂の「信乃を想っての言葉」は、あってもなくても構わない。あれば信乃が言い訳せずに済む、という程度の話だろう。

 そう思う理由は、甲斐の浜路に乗り移りまでして言葉を伝えた大塚の浜路の亡霊への、信乃のつれない態度だ。
犬塚信乃幽冥ゆうめいの事 鬼神きしんのうへは、凡智ぼんちはかやすからねども、男女なんによ夜深よふけ相譚かたらはゞ、これ 瓜田くわでんくつ李下りかかんむりひとうたがひをいかゞはせん。その宿意しゆくゐつげんとて、ひと女兒むすめ濡衣ぬれぎぬを、するは仁義じんぎ所行わざにあらず。われもまたこのゆゑに、あるじ夫婦ふうふうらみかば、いひとくによしなかるべし。とくとく立去たちさり給はずや」 (第七輯 第六十八囘)
 男女が夜にいっしょにいて疑われても困るから、とっとと去れ、と。

 これは、あまりにも哀しい。
 命をかけて操を守り、四年の歳月をかけてようやく信乃に言葉を伝えた。この浜路の重みに対して、信乃の側はとても軽いと思われ、やりきれない話である。

 ちなみに過去の信乃。
 信乃が大塚から滸我に出発する前夜、浜路が信乃の部屋に忍んできた。有名な「浜路くどき」のシーンだ。この時の信乃も、浜路に対して冷淡だ。
犬塚信乃出世しゆつせ首途かどいでさまたげせばわがつまにあらず、過世すくせあたか」 (第三輯 第二十五囘)
 ひどい言いようである。
* 信乃は浜路の死に対して、大して喪失感を持っていないように感じる。基本、女嫌いなんだろうなぁ。

● 浜路姫側の視点
 一方、浜路姫こと甲斐の浜路は…

甲斐の濱路甲夜よひよりわらははうちして、熟睡うまいしたりしゆめごころに、いとうるはしき少女子をとめごの、まくらたち呼覺よびさまし、今宵こよひおんわづらはして、犬塚いぬつかぬしに如此如此しかじかと、いはまくほしき事はべり。こなたへませ、とさきたちて、ともなはるゝと思ひしのみ。そののちの事はしらずはべり。そは何事なにごとをいへるにや。はじめてさめたる心地こゝちして、面目めんもくもなくはべり」 (第七輯 第六十八囘)
 夜に信乃のもとに娘が夜這い?したとして、甲斐の四六城よろぎ家は大騒ぎになる。
 が、彼女は、夢に出てきた美少女=大塚の浜路に導かれただけで、美少女が何を話したのか聞いてもいないし、何が起きたのかわからないと。

 直後に信乃が大塚の浜路について説明する。
犬塚信乃それがし舊里ふるさとりしとき結髪ゆひなづけ未通女をとめあり。その濱路はまぢ喚做よびなしたり。しかるにかれゆゑありて、惡棍わるものため勾引かどはかされしを、したがはずしてせちしたり。さればその年紀としのほども、たる息女そくぢよ肢體かたちりて、今宵こよひひそかそれがしに、ものいひしものは亡魂なきたまの、所爲わざとしられてまことなり」 (第七輯 第六十八囘)
 これによって、甲斐の浜路も、信乃にはかつて同じ名前の女がいたことを知ったわけだ。
 後々、浜路姫として信乃の妻になる時「わたしは、この男のかつての女の代用品なのか」とか嫌な気持ちにならないのだろうか?

● 改めて、徒花
 話を大塚の浜路に戻す。

 彼女の亡霊は、信乃と甲斐の浜路の間に「宿因」があると言った。
 そんなことは生きているうちに分かるはずがないので、死後、霊界でそれを知ったことになる。
 この場合の「宿因」は、未来に信乃と浜路姫が結ばれる運命をいう。であるならば、運命は事前に定まっている。となると、大塚の浜路の悲しい運命も事前に定まっていたことになる。丶大の言う「先に徒花が散る」というのも、先に散らねばならない運命を負ったということだ。

 死後、それを知った浜路の亡霊はどう思ったのだろう?

 生まれて、後に大きく咲く他の女の実花のために、自らは実を結ばずに散る。残るのは美名のみ。他は何の見返りもない。その美名すら、おそらくは犬塚家に代々伝わることはあるまい。子孫にしてみたら、大塚の浜路など赤の他人。二代目以降には初代のような思い入れなどない。

 浜路の不幸は、実母の黒白の悪行の因果応報だ。
 これは、親兵衛の栄光が両親の善行の結果であることの真逆。どちらも、いわゆる「親の因果が子に報い」という話だ。
 なんとも残酷な話である。浜路本人は何の悪事もしていないのに、不幸の報いだけは受ける。納得できないし大損な人生だ。今風に言えば、これぞ親ガチャの大失敗。
 ……という話もなんか変だ。
 同様に徒花として散った雛衣はどうだ? 両親ともに善人。親の因果というなら、雛衣は幸福にならねばならない。だが、短命に散った。雛衣の不幸はどこから来た運命なのだ?

 散らねばならぬ善人って何?

 因果応報、勧善懲悪──。
 八犬伝世界の掟とされるものは、徒花として散った者を見る限り、破綻している。いや、そもそも成立しえないだろう。悪人が必ず倒されるとしても、悪人が存在した以上、誰かは犠牲になっている。被害者がいないのであれば悪人もいないことになる。その被害者は何か報われるのか? 否、報われずに散る。

 南総里見八犬伝は、勧善懲悪の物語を前面に大きく打ち出しているが、善人が必ずしも報われるとは限らないからには、その実、大いなる「悲劇」と言える。

● 徒花は強制退場
 浜路の亡霊は、その後一切登場しない。
 実花の浜路姫が登場した以上、徒花は退場せざるをえない。言わば、強制退場である。

 墓はどうなったのか?
 それは兄である道節が招魂して安房に建てられた。この件に関して信乃がどうしたのか記述はない。もしかしたら信乃は関わっていないのかも。

菅菰すがも大塚おほつかさとは、犬塚信濃いぬつかしなの故郷ふるさとにて、二親ふたおやはか香華院ぼだいしより。また犬川莊介いぬかはさうすけはゝ行婦塚たびめづかあり。ちゝ犬川衞二いぬかはゑじはかは、伊豆いづ堀越ほりこしり。また大塚おほつかには、犬飼現八兵衞いぬかひげんはちひやうゑ実父うみのちゝ糠介ぬかすけはかもあれば、ともたちよりて墓詣はかまゐでをすべく(中略這三犬士このさんけんしは、つぎとしいたりて、義成主よしなりぬしねがまうしつ、とも大塚おほつかさとにゆきて、是等これ本意ほいはたせしなり。また道節どうせつは、ちゝ犬山道策いぬやまどうさくと、実母うみのはゝ女弟いもと濱路はまぢたままねきて、其墓そのはか安房あは延命寺ゑんめいじ建立こんりうす。(中略)犬村大學いぬむらだいかくは、はじめ犬飼現八いぬかひげんはちともなはれて、舊里ふるさと赤嵒あかいはいでとき実父母うみのちゝはゝ羪父母やしちゝはゝまた故妻なきつま雛衣ひなきぬ香華料かふげりやうを、おほ香華院ぼだいしよ寄附きふしたれば、其墓そのはか頽轉たいてんすべくもあらず」 (第九輯第下帙下編之下第百八十囘上)
 ちなみに、同じ徒花たる雛衣は……大角が赤岩から旅立つ前に、菩提所に香華料を十分に払っているから、そのまま放置らしい。信乃の昔の浜路への想いが薄いのに似て、大角も昔の妻のことは遠い過去になってしまったようだ。

 栄光は実花の上にのみあり、徒花は忘れ去られるのみ。

● 盧橘の娘たち
 里見義成の八人の娘は、八犬士の妻となる。
 その栄華が実花だとして、なぜ浜路姫と鄙木姫の二人だけ、花開くために徒花というブースターを必要としたのだろう?

 この二人だけに共通することは、母親が義成の妾、盧橘はなたちばなだということ。
 盧橘は、娘たちに単体で実花になれるだけのパワー?を与えられなかった、ということになる。だが、彼女は名のある武将の娘であって、他の妾とくらべて低い地位というわけではない。ただ早死にしており、母親として娘たちにパワー的な何かを与える時間がなかったという面はある。

 八犬士のうち二人だけ女装とか、2/8 という例は複数ある。
 であるならば、八姫のうち二姫だけ、という話にも何らかの意味があるやもしれない。
* その辺の話は「八人中、二人だけ◯◯」参照。

● 徒花の不条理
 八犬伝の研究者として知られる小谷野敦氏によれば、犬塚信乃と浜路の悲劇は、シェークスピアの「ハムレット」における、主人公ハムレットとオフィーリアの関係と比較しうるという。

「寧ろ女の積極的なのに対して男が元気がなく優柔不断なのは、近代文学の中にいよいよ栄えてゆくパターンであって『八犬伝』もその系列の中でとらえるべきだと思われる。しかし、この作品が近代の先頭に立つものだという点から、私は、同じように、近代の始まりにあたって、冷たくオフィーリアを突き放すハムレットを採用することにしよう」 (小谷野敦著「八犬伝綺想」)
 亭主は「ハムレット」は、新潮文庫版(福田恆存訳/昭和45年・第七刷)で読んだのと、ローレース・オリヴィエ監督主演の映画(1948年)を見ただけだが、どちらにしても、オフィーリアからは何も読み取れなかった。亭主には文学的視点で深く分析する能力がないという証明でもある。

 それはそれとして、「ハムレット」と「八犬伝」が異なるのは、男の側である。
 王子たるハムレットは悲劇的に死ぬ。一方で信乃は出世し城主となる。前者は、男女ともに悲劇的運命であるのに、後者では女性の側にのみ悲劇がある。

 これを「ロミオとジュリエット」で例えれば、ジュリエットだけが死んで、生き残ったロミオがヴェローナ大公の娘と結婚して幸せになりました……みたいな話である。もうひとつ、ヴェルディの歌劇「アイーダ」で例えれば、アイーダだけが死んで、生き残ったラダメス将軍がファラオの娘アムネリスと結婚して王家の一員になりました……ってことになる。どちらであっても、読者にとっては納得できない結末であろう。

 大塚の浜路の視点に立つと、八犬伝はそういう不条理な話になるのだ。

 だが、物語の視点は信乃の側にあり、浜路の視点はほとんど無視される。八犬士と里見家のハッピーエンドの陰に、悲劇は隠される。確かに悲劇ではあるものの、物語全体として見ると悲劇のカテゴリーには入らない。
 「実花の幸福が、徒花の悲劇の上に築かれている」という構図。
 冒頭の引用で、丶大はこの構図に触れつつも美談で終わらせている。綺麗事で美しく飾られた里見の理想郷が、よくよく見れば、偽りの美しさでしかない。物語の終盤であえて徒花に触れるのは、その偽りに気づかせるためであろうか?

 いや、偽りの理想郷というよりも、理想郷の不可能性を暗示しているのかもしれない。

 いずれにせよ、モヤモヤさせられたまま物語が終わる。
* そのモヤモヤに結論を出せないまま、このページもモヤっと終わる。


↓以下、おまけ

● 妄想:徒花が死なずに生きていたら
 もし浜路や雛衣が死ななかったら?
 それでも八犬士は里見家の八姫を正妻に迎えるしかなかったはず。

 となると、信乃の場合は「正妻が浜路姫で、妾が大塚の浜路」になるだろう。
 正妻と妾が同じ名前ということになり、ねやで呼び間違えても、何の問題も発生しない。
 一方で浜路の側は、本名を呼ばれても「もしかしてこの男は向こうの浜路のことを想っているのでは?」という疑念に苛まされるかも。

 雛衣の場合はすでに妻だから、少しばかり厄介なことになる。
 おそらくは源氏物語の光の君と同じパターンになる。つまり、正妻格の紫の上がありながら、帝に押し付けられて断れずに女三宮を正妻にしたのと同じ。雛衣を正妻格のような曖昧な何かとして存在させたまま、鄙木姫を妻とするしかない。これで、源氏物語と同じく鄙木姫が別の男の子供を孕んだりすると、修羅場で面白い?んだけど、八犬伝世界だとそうはなるまい。残念。

● 余談:美女は辛いよ
 大塚の浜路は、陣代・簸上宮六に一目ぼれされた。
 浜路姫は、その姿を映像?で見ただけの蟇田素藤に求婚された。

 容姿を見ただけで好きになる。
 それは外見が美しい場合に限るだろう。つまり、どちらの浜路もかなりの美女ということだ。
 で、美女は、その美しい外見ゆえに男を惹きつける。だが、クズ野郎すら引き寄せてしまうのが大問題。同じ美女でも、玉梓のように本人もクズならば、相手がクズ野郎でも相性がいいかもしれない。だが、浜路はそうではない。それが彼女をさらに不幸にしてしまった。美女に生まれるのも辛いわね。
* 美男子も色々苦労するから良く分かるよ(大嘘)

● おまけ・バーチャル聖地巡礼
 信乃の甲斐物語の舞台。

* この「マイクロソフト・フライトシミュレーター2024」は全地球をカバーしている(但し、地形は完璧だが、建物の大半は AI が航空写真からテキト~に再現したものなので低空の風景はいまいち。東京近郊等一部のエリアに限っては、フォトグラメトリを使った建物再現でそこそこリアル)ので、地球上を舞台にした物語なら何でも仮想聖地巡礼が可能。

 写真は南東方向を見た甲府盆地。なお、指月院より西=信州寄りにある四六城家の推定位置は上のスクショには写っていない。甲府も含めて写真外右側である。
* ゆーかさんの「伏姫屋敷」で知ったことだが、指月院は実在の寺なんだね。浄土宗の「石和山 指月院 法泉寺」という。なお、至近の甲府に臨済宗の法泉寺があって紛らわしい。
* 亭主は思春期に母と長野県に住んでいたが、父の住む東京と何度も報復したので、その途中、甲府盆地は急行アルプスで何度も通過した。また、大学進学で東京に出てからは、バイクで母の家に帰省するために甲州街道を何度も通った。その時はまだ中央道が全通していなかったので、全部下道である。甲州は親戚もいない無縁の地でありながら、何度も通っているので身近に感じる。

 四方を山に囲まれている盆地。
 生活の視点なら、内陸性気候で夏超暑くて冬超寒い。
 物語の視点だと、山に囲まれていて一種の結界と言えるかもしれない。それは、海に囲まれた結界ともいえる安房と対になるようにも思える。
* 安房も甲斐も、名君が統治しているし、後世に滅んで徳川の土地になっているのも共通。


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