白龍亭・灵玉の穴

■ 目次 >> 考察 >> 八犬伝邪読/灵玉の穴(2025年 9月~/最終更新 2026年 5月)

[ 八犬伝邪読 - 20 ]

● 靈玉の文字
 このページのタイトルに使った漢字「灵」は、「靈」の略字(あるいは異体字?)である。
 南総里見八犬伝、序盤と終盤は「靈」が使われるが、中盤は「灵」だらけ。この漢字は、鬼火を連想させて亭主はなんとなく好き。ということで、タイトルにのみ使ってみた。
* 旧字や異体字を排除して新字に統一してしまった岩波文庫新版では、当然区別なく「霊」になっている。
* 2026年 5月に初めて知ったのだが、この「灵」は中国の簡体字でもあるんだね。江戸時代の日本で使われていた略字が、1950年代に制定された簡体字になっているとは、大陸でもこの略字が昔から使われていたのだろうか? それとも日本の略字を流用した?

 それはともかく、八犬士の持つ玉は「霊玉」と呼ばれる。
 霊という漢字には、① 霊魂、と ② 神霊 の意味があり、八玉の場合は後者。神霊の力を持つ玉ということだ。
 ……などという教科書的な話はどうでもよくて、このページのテーマは玉の外見。



 一般的なイメージは、↑上の絵のようなものであろう。
 上の絵は荘助の「義」だが、最初に登場する信乃の「孝」の玉についての記述を見てみる。


「玉(たま)の中(うち)に一丁(ひとつ)の文字(もじ)あり。方是(まさにこれ)「孝(こう)」の字(じ)なり。現刀(げにかたな)して鐫(ゑ)れるにあらず。又漆(またうるし)もて書(かけ)るにあらず。造化自然(ぞうくわしぜん)の工(たくみ)に似(に)たれば…」 (第二輯 第十九囘)
 文字が「刀で削ったものでもなく、漆で書いたものでもない」とあり、「造化自然」と表現している。
 つまり、球の表面に彫刻された文字でもなく、球の表面に塗料を使って筆で書いたものでもないわけで、球面には文字がなさそうだ。となると、玉の内部に文字があるイメージだろうか?

「その文字(もんじ)同(おな)じからで、義(ぎ)の字(じ)鮮(あざやか)に讀(よま)れたり」 (第二輯 第二十囘)
 次に登場する荘助の「義」の玉の記述で、「文字が鮮明」だと分かる。
 うっすらと文字が浮かび上がるようなイメージではない、ということだ。

 他の犬士の玉の文字についても引用するが──

糠助「わが釣(つり)せし、鯛(たひ)を庖丁(ほうちやう)したりしに、魚(うを)の腹(はら)に玉(たま)ありて、文字(もんじ)のごときもの見えたり。取(とり)て産婦(さんぷ)に讀(よま)せしに、これまこととか訓(よ)む信(しん)の字(じ)に似(に)たるやうなりといへり」 (第三輯 第廿三囘)

額藏「吁(あな)不思議(ふしぎ)や、犬塚信乃(いぬつかしの)と、わが秘藏(ひざう)せし、孝(こう)・義(ぎ)一双(さう)の玉(たま)に等(ひと)しく、光(てり)も形(かたち)も寸分違(すんぶんたが)はで、この玉(たま)には忠(ちう)の一字(いちじ)あり」 (第三輯 第廿九囘)

文吾兵衞「渠(かれ)も一顆(ひとつ)の玉(たま)をもてり。そはその二顆(ふたつ)の玉(たま)に似(に)たり。彼(かれ)が玉(たま)には見(あらは)れたる文字(もんじ)のみ異(こと)にして孝悌(こうてい)の悌(てい)の字(じ)あり」 (第四輯 第三十二囘)

「掌(たなそこ)の中(うち)に玉(たま)ありて、信乃(しの)・小文吾等(こぶんごら)が玉(たま)と異(こと)ならず、是(これ)には仁(じん)の字(じ)見(あらは)れたり」 (第四輯 第三十七囘)

角太郎「大約(おほよそ)此大小(このおほきさ)にて、禮(れい)の字(じ)さへに顯(あらは)れたるを…」 (第六輯 第六十一囘)

毛野「某(それがし)が秘藏(ひざう)の玉(たま)は、年來(としごろ)這里(ここ)に弆(おさ)めてもてり。玉(たま)には則(すなはち)智(ち)の字(じ)あり」 (第八輯上帙 第八十囘)
 ──玉の外見の特徴については、ほとんど記述なし。

● 霊玉に穴あり
 実は、このページの最初にある玉の絵は間違いである。
 本当は──



 ──玉の真ん中を貫通する穴がある。
 なぜならば、これは数珠を構成する玉のひとつだから。紐を通す穴が開いているのだ。

「仁義禮智(じんぎれいち)、忠信孝悌(ちうしんこうてい)の八字(はちじ)を彫(えり)なしたる、水晶(すいせう)の珠數(ずゞ)一連(れん)を、懐(ふところ)よりとり出(いだ)して、閃(ひら)りと姫(ひめ)の衣領(えり)にかくれば…」 (肇輯 第八囘)

 百の小玉と、八つの文字のある大玉を連ねた数珠だ。

 で、「造化自然」の文字が玉の内部にあるだろう、という推測と、穴の存在をあわせて考えると、「あれ?」と思うのだ。
 文字が玉の中央にあると仮定すると、必ず穴と干渉してしまう。

X軸方向の穴
正面 横

Y軸方向の穴
正面 横

Z軸方向の穴
正面 横

 こうならないためには、文字の位置が、穴の位置からオフセットしている必要がある。

正面 横 裏面

 「造化自然」というにはショボい感じだが、「八字を彫なしたる」とあるから、球面にしろ内部にしろ、水晶を削ってあるわけだ。
 となれば、文字がちゃんと読める方向は決まっていて、横からは読めず、裏からは逆文字になるのは当然。

● 霊玉に穴なし?
 正直、「霊玉」という以上、どの方向から見ても文字が読めてしまう奇跡的な玉であってほしい。



 たとえ、穴を正面に見る側からの視点でも、なぜか文字が欠けずに見えてしまう。そんな奇跡だ。
 でも、そんな奇跡が可能であるならば、「数珠の時には穴があるけど、バラバラになると穴が消える」という奇跡だってありうる。



 そうなると、「穴がないから間違い」と言って否定した玉も、実はありうるかもしれない。

 あるいは、元々穴なんかなくて、数珠は謎の力で結合していただけかもしれない。なぜなら、バラバラになった時、百の小玉は何故か連なったまま地上に落ち、八つの大玉は飛び散ったが、そこをよく読むと、かなりヤバいのだ。

「護身刀(まもりがたな)を引拔(ひきぬき)て、腹(はら)へぐさと突立(つきたて)て、眞(ま)一文字(もんじ)に掻切(かききり)給へば、あやしむべし瘡口(きずぐち)より、一朶(だ)の白氣(はくき)閃(ひらめ)き出(いで)、襟(えり)に掛(かけ)させ給ひたる、彼(かの)水晶(すいせう)の珠數(ずゝ)をつゝみて、虛空(なかそら)に升(のぼ)ると見えし、珠數(ずゝ)は忽地(たちまち)弗(ふつ)と斷離(ちぎ)れて、その一百(いつぴやく)は連(つら)ねしまゝに、地上(ちぜう)へ戞(からり)と落(おち)とゞまり、空(そら)に遺(のこ)れる八(やつ)の珠(たま)は、粲然(さんぜん)として光明(ひかり)をはなち、飛遶(とびめぐ)り入紊(いりみだ)れて、赫奕(かくやく)たる光景(ありさま)は、流(なが)るゝ星(ほし)に異(こと)ならず。」 (第二輯 第十三囘)
 まず、紐の記述がないでしょ?
里見義實「菩提(ぼだい)の首途(かどで)の餞別(はなむけ)は、只(たゞ)この珠數(ずゝ)にますものあらじ。努(ゆめ)秘藏(ひざう)せよ入道(にうどう)」 (第二輯 第十四囘)
 で、伏姫の死の直後、百の小玉だけで構成された数珠を、義実は丶大に渡している。
 八つの大玉が抜けたところは切れているはずなのに、早くも繋がって数珠になっている。さすが役行者の数珠だけど、こんなの謎の力で結合しているとしか思えない。
 もしかしたら、亭主が気付いていない箇所に紐の穴についての記述があるやもしれない。で、紐があるのだとしても、その紐も人間が手を加えないのに切れたり繋がったりと神がかっている。霊紐と言えるレベルだ。


 まぁ、そんな些細なことは普通の読者にはどうでもいいことであろう。
 玉のイラストを描くにしても、いちいち穴を描くのも大変。真球を描いて、そこになんとなく文字を重ねるだけにしたい。つまり、穴のことは、みんな忘れていたい。……そこを敢えて思い出させてやろうという、ダークサイドな思いでこのページを書いてみた。


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