白龍亭・登場人物・馬琴の記憶違い

* 二十八年も書きつづけ、何百人もの人物を登場させて、しかも破綻のない南総里見八犬伝。曲亭馬琴とは凄い作家である。とはいっても八犬伝中でも語られるように「満つれば欠けるの諺あり」だ。全登場人物名を調べるなどといった酔狂なことをやったおかげで、亭主は八犬伝中に登場人物に関する間違いをいくつか見つけた。ちゃんと調べればまだまだあるかもしれない。
* 資料性を考えて、表中の解説以外の人名と元号を旧字にしてある。

前	後	一部	解説
犬川莊助義任	犬川莊介義任		荒芽山までは「荘助」、越後の場面からは「荘介」に変わる。 * 世の中には「介助」という言葉もあるぐらいだし、意味的には変わらんわな。 * 「八犬士比較データ表」にも重複して記述。
犬坂毛野胤智	犬阪毛野胤智		対牛楼の仇討の時は「犬坂」、信州下諏訪の場面から「犬阪」に変わる。 * 上方の「大阪」も、昔は「大坂」と書いたぐらいだから、似たようなものだ。 * 「八犬士比較データ表」にも重複して記述。
犬村大角禮儀（礼儀）		犬村大角礼度	「禮儀」は第九輯の一部で簡略漢字の「礼儀」になる場合があるが、それは間違いではない。その第九輯で「礼儀」を「礼度」と間違えた個所がある。 * これに関しては、後に馬琴が間違いを認めている。つまり、記憶違いというより、単なる書き間違い。ということで、以前のリストには入れていなかったが、改訂にあたって入れることにした。 * ちなみに、正字ではなく簡略漢字を使った人名は二例ある。「荒磯南弥六」は「南彌六」ではないし、「祿齋屋余市」も「餘市」ではない。馬琴の視力が落ちた頃に登場した人物なので、それと関係あるのかもしれない。 * ついでに言うと、本文は正字なのに、挿絵の中の文字が簡略漢字である場合もある。人物名ではないが、例えば、舩虫が死ぬ直前の挿絵には「塩濱閻魔堂」と書かれているが、本文は「鹽濱」という正字だ。
新織帆大夫敦光	新織帆大夫明風新織帆大夫素行		下総許我足利家の武者頭。第四輯で芳流閣から逃れた犬塚信乃を追捕する時は敦光（あつみつ）。第九輯で里見家と戦う直前は明風（あきかぜ）、戦う時の名は素行（もとゆき）。 * ちなみに、敦光と書いた時と素行と書いた時では、執筆時期に二十一年の開きがある。
松枝十郎貞正	松枝十郎眞弘		上野国白井、扇谷定正の近臣。第五輯第四十四回は貞正（さだまさ）、第四十五回では真弘（さねひろ）。主君と同じ「さだまさ」じゃ都合悪かったのだろうか。
龜石屋次團太	石龜屋次團太		越後国小千谷の旅籠の主。第七輯第七十三回では亀石屋（かめいしや）。第八輯第七十四回以降は石亀屋（いしかめや）。ちなみに第七十三回では小千谷は苅羽郡となっているが、これは後に馬琴自ら魚沼郡に訂正した。亀石屋が石亀屋に変わったことには触れていない。
白前	吾妻前		安房里見家第二代、里見義成の正室の名。第七輯では白前（つくものまえ）、第九輯では吾妻前（あづまのまえ）。再婚したとか改名したとかいう記述はないので間違いであろう。
引接寺住持	遠山寺住持		安西出来介景次の伯父。人名は登場せず、寺の名前の違いではあるが、人物を特定する名称なのでこのリストにいれた。詳細に言うと、第九輯第百十五回では「山田村近くの弓折塚の引接寺住持」であり、第九輯第百六十一回では「山中村近くの弓折塚の遠山寺住持」と書いてあり、村の名前も違う。
松山五六郎尚永	松山五六郎時永		扇谷上杉朝良の家臣。第九輯第百六十四回に登場するが、初出は尚永（ひさなが）。二度目の登場で時永（ときなが）に変わるが、なんと同じ第百六十四回。同じ回の中で記述が食い違うという珍しい例。この回のうちに戦死。
蕝内外進惟定	蕝内外助惟定		山内顕定の家臣。遊軍の将。初出の第九輯第百六十六回では内外進（うちとのしん）、第百六十九回以降は内外助（うちとのすけ）。前者と後者は刊行年は同じだが刊行月は別。なお再登場する第百六十九回で死んでいるが、次の第百七十回で伏姫神薬により蘇生。以後何回か登場する。
七浦二郎	七郎二郎	七浦六郎	里見義通近習。第九輯第百七十一回に一ケ所のみ「六郎」の誤記あり。苗字の「七浦」もお路代筆（第百七十七回の途中）以後「七郎」に文字が変わっている。
白濱十郎		白濱七郎	里見義通近習。第九輯第百七十一回、上記「七浦六郎」誤記と同じ個所に「白濱七郎」の誤記あり。

人名	前	後	解説
蟹目前	長尾景春の叔母	長尾景春の姉妹	関東管領、扇谷定正の正室。第八輯八十八回では「白井殿（長尾景春）の叔母上なり」とある。第九輯第百十五回で長尾景春の母、箙大刀自が「わが亡女（なきむすめ）」と言う。
妻有復六次通	扇谷定正の臣	長尾景春の臣	これは間違いかどうか分からないところがある。妻有復六次通（つまりまたろくつぐみち）は、上野国白井での扇谷定正家臣、妻有六郎之通の弟。第九輯第八十九回で蟹目前の使者として扇谷家から越後長尾家に赴く。後に里見家との戦いの時には長尾家の稲戸津衛に従う。矛盾しているようではあるが、長尾家への使者に選ばれた理由が「本貫が越後」というところにある。つまり妻有復六はもともと越後の人なのだ。兄が登場した上州白井も復六が登場する時には長尾家のものとなっている。ただその辺の事情がまるで書いてないまま主君が変わっているので変な感じはする。
眞里谷信昭	義成の叔父	義成の従兄弟	上総国椎津城主、真理谷信昭。第九輯第百二回で里見義成は「信昭は外祖真里谷入道静蓮の養嗣也」と言う。この場合だと信昭は里見義成の叔父。第九輯第百八回で真里谷信昭は「義成の亡母五十子の刀自は我養父静蓮大人の第二の女兒なりければ我と他とは従母兄弟」と言う。「五十子の刀自は我養父静蓮大人の第二の女兒」という記述は第百二回と矛盾しないが、その後に言う「従母兄弟（ははかたのいとこ）」が系図上矛盾する。

人名	前	後	解説
里見義實	應永三十年（1423）	應永三十一年（1424）	第一回、結城落城の時に「十九歳」と自ら言うが、第百八十勝回下大団円の義実死去の文には、結城落城の年に「十八歳」となっている。なお第百八十勝回中にも義実死去の記述があるが、ここでは年齢には触れていない。
八房	享徳元～二年（1452～1453）	文安四年（1447）	伏姫と添う犬。第八回に「伏姫十一二の年」とある。十二で享徳二年、十一なら享徳元年。第百十七回に「文安四年伏姫七歳の頃」とある。但しこの年は伏姫六歳。
犬江屋眞兵衞	應永三十四年（1427）より前	正長元年（1428）	犬江親兵衛の祖父。山林房八の父。第三十六回の記述。文明八年に真兵衛が死ぬ直前「齢五十を超て」と言い、神余家が滅びた年に十四歳だったと言う。これが矛盾。神余家が滅びた嘉吉元年に十四歳だとすると文明八年には四十九歳、誕生は正長元年になる。文明八年に五十歳以上だとすると誕生は応永三十四年以前となる。
濱路姫	文正元年（1466）	應仁二年（1468）	里見義成、五の姫。第七十二回に「応仁二年、三歳」とある。逆算すると誕生年は文正元年。第百八十回下の八犬士と八姫の結婚の記述の年齢から逆算すると応仁二年生まれとなる。
里見太郎義通	文明五年（1473）	文明七年（1475）	里見義成の嫡男。第百八回で「親兵衛より二歳上」の「十一歳」とありこの年から逆算すると文明五年生まれ。第百八十勝回下の没年の記述から逆算すると文明七年。親兵衛と同年となる。