* サイト縮小化以前にも「関東管領」についてのページはあったが、それを再開したものではなく、一から書き直したものである。

　八犬伝の舞台は室町時代の関東だから、当然「関東管領」が登場する。
　歴史において、関東管領については下表の二つの説が存在する。といっても、Ⓐが正しく、Ⓑは後世に作りだされた偽説らしい。
* 恥ずかしながら、亭主は長年Ⓑが間違っているとは知らなかった。

説		足利氏	上杉氏
Ⓐ 定説		鎌倉殿（鎌倉公方）	關東管領
Ⓑ 謬説	持氏以前の公式	關東管領	關東執事
	持氏以前は 鎌倉側の自称	鎌倉殿（鎌倉公方）	關東管領

　歴史の事実はともかくとして、八犬伝ではどういう扱いになっているのか？

①「京都（きやうと）の將軍（せうぐん）、鎌倉（かまくら）の副將（ふくせう）、武威（ぶゐ）衰（おとろ）へて偏執（へんしう）し、世（よ）は戰國（せんごく）となりし比（ころ）（中略）時（とき）に鎌倉（かまくら）の持氏卿（もちうぢけう）、自立（じりう）の志（こゝろざし）頻（しきり）にして、執權（しつけん）憲實（のりさね）の諫（いさめ）を用（もち）ひず…」 （肇輯第一囘）

②「持氏（もちうぢ）の季子（すゑのこ）を、成氏（なりうぢ）といふ。いぬる嘉吉（かきつ）三年に、長尾昌賢（ながをまさかた）執（とり）なして、鎌倉（かまくら）へ迎（むか）へ入（い）れ、管領（くわんれい）になしまゐらせて…」 （肇輯第九囘）

③「大塚番作一戍（おほつかばんさくかずもり）といふ武（ぶ）士の浪（らう）人ありけり。そが父（ちゝ）匠作三戍（せうさくみつもり）は、鎌倉（かまくら）の管領（くわんれい）、足利持氏（あしかゞもちうぢ）の近習（きんじゆ）たり」 （第二輯第十五囘）

④「管領（くわんれい）憲忠（のりたゞ）の老臣（ろうしん）、長尾判官昌賢（ながをのはんぐわんまさかた）」 （第二輯第十六囘）

⑤「父（ちゝ）直秀（なほひで）は、鎌倉殿（かまくらどの）〔持氏（もちうぢ）をいふ〕の、恩顧（おんこ）の武士（ぶし）で侍（はべ）りしかば…」 （第二輯第十六囘）

⑥「われは鎌倉殿（かまくらどの）〔足利成氏（あしかゞなりうぢ）をいふ〕の御内（みうち）にて…」 （第三輯第廿三囘）

⑦「鎌倉（かまくら）の前管領家（さきのくわんれいけ）〔持氏（もちうぢ）・成氏（なりうぢ）をさしてしかいふ〕は、番作（ばんさく）ぬしの主筋（しゆうすぢ）ならずや。されば亦（また）成氏朝臣（なりうぢあそん）は、兩管領（りやうくわんれい）、山内顯定（やまのうちあきさだ）ぬし、扇谷定正（あふぎがやつさだまさ）ぬしと不和（ふわ）にして…」 （第三輯第廿三囘）

⑧「前管領（さきのくわんれい）成氏朝臣（なりうぢあそん）は、番作（ばんさく）・信乃等（しのら）の主（しゆう）すぢなれば（中略）寳徳（ほうとく）四年（ねん）の春（はる）、京都將軍（きやうとせうぐん）の恩免（みゆるし）を蒙（かうむり）給ひて、鎌倉（かまくら）に立（たち）かへり、六代（ろくだい）の管領（くわんれい）なりしに、その重臣（ちやうしん）、攝管領（せつくわんれい）、扇谷持朝（あふぎがやつもちとも）ぬし、山内顯房（やまのうちあきふさ）ぬしと睦（むつま）しからず（中略）成氏（なりうぢ）竟（つひ）に、鎌倉（かまくら）の御所（ごしよ）を放火（ほうくわ）せられ給ひしかば、下總國（しもふさのくに）に赴（おもむ）き（中略）許我（こが）の御所（ごしよ）とぞ唱（となへ）たる。（中略）文明（ぶんめい）四年（ねん）には、成氏朝臣（なりうぢあそん）、山内顯定（やまのうちあきさだ）ぬしに、許我（こが）の城（しろ）を攻落（せめおと）されて、同國（どうこく）千葉（ちば）へ没落（ぼつらく）し、千葉陸奧守康胤（ちばむつのかみやすたね）を頼（たの）みてをはせしに、今茲（ことし）〔文明（ぶんめい）十年〕兩管領（りやうくわんれい）と、おん和睦（わぼく）の議（ぎ）整（とゝの）ひて、許我（こが）に歸城（きぜう）し給ひし…」 （第三輯第廿四囘）
* 成氏を「六代の管領」と書いているが、基氏を初代とすると五代目である。但し、基氏以前に、後に二代将軍となる義詮が鎌倉殿だったので、そこから数えれば六代にはなる。
* 山内顯房という人物が出てくるが、扇谷持朝と対になる山内家の当主のようなので、房顯の間違いだと思われる。よって、白龍亭では登場人物名リストにも系図にも顯房はない。ちなみに、上杉顯房という人物は実在したが、それは扇谷顯房であり、山内ではない。

⑨「この地（ち）へ寄隊（よせて）の兩大將（りやうたいせう）、鎌倉（かまくら）の管領（くわんれい）、山内顯定（やまのうちあきさだ）、前關東管領（さきのくわんとうのくわんれい）、足利成氏（あしかゞなりうぢ）…」 （第九輯下帙下編上第百六十五囘）

⑩「政氏（まさうぢ）は、長尾景春入道伊玄（ながをかげはるにゆうだういげん）に後見（うしろみ）せられて、許我（こが）の一城（いちぢよう）を保（たも）つ兀自（ものから）、子孫（しそん）猶（なほ）も相續（さうぞく）して、基氏（もとうぢ）より九世（くせ）に及（およ）べり。世（よ）の人（ひと）是（これ）を鎌倉管領（かまくらくわんれい）九代（くだい）とす」 （第九輯下帙下編之下第百八十勝囘下編大團圓）

　以上を表にしてみた。

八犬伝		足利氏	上杉氏
①	足利持氏	鎌倉の副將	執權
③		鎌倉の管領	？
⑤		鎌倉殿
④	持氏死後	-	管領
②	足利成氏（鎌倉）	管領	？
⑥		鎌倉殿
⑧ 前半		管領	攝管領
⑧ 後半 ⑦	足利成氏（許我）	前管領	管領
⑨		前關東管領	鎌倉の管領
⑩	關東足利氏九代	鎌倉の管領

　まとめると──
　鎌倉の頂点に立つ者は、足利氏か上杉氏かにかかわらず「（関東）管領」であり、それが足利氏の場合のみ「鎌倉殿」とか「副将」とも呼ばれる。
　ほぼ、歴史上の偽説Ⓑ に近い。
* この偽説の出どころは「足利治亂記」という成立年代不詳の文書だという。てことは、馬琴の時代にはすでに存在したということか？
　ただ、その説で上杉氏が担っていたはずの「（関東）執事」という言葉は、調べた限り見つからなかった。八犬伝において、足利氏が「管領」の時、上杉氏は「執権」か「摂管領」である。後者の摂管領という言葉は検索しても出てこないが、摂政が「帝に代わって政を行う者」であるからして、摂管領は「管領に代わって政を行う者」の意味であろう。

　また、八犬伝では、山内上杉・扇谷上杉の両上杉を「両管領」として、共に関東管領としている。
　歴史的には、関東管領は山内上杉一択。山内と対立した扇谷は、単に上杉家の中の実力者というに過ぎない。
* 八犬伝の場合、主敵が扇谷定正。ゆえに扇谷が山内より格下であってはならないのかもしれない。

　結論として──
　八犬伝においては、関東管領というものを歴史的厳密さで読むのではなく、大雑把に「関東で一番偉い武将」ぐらいに捉えておいた方がよさそうである。