[ 実際に戦った場面 ]

本郷円塚山
犬士：額蔵（犬川荘助） vs 犬山道節。
月日：文明十年（1478）六月十九日夜。
場所：武蔵国豊島郡本郷円塚山の火定跡付近。
武器：素手 vs 素手。後に 刀 vs 刀。（額蔵使用刀は「桐一文字」と推定）
記述：第二十九回。
経緯：
　網乾左母二郎に殺された異母妹浜路を荼毘に付した犬山道節は名刀「村雨」を持って立ち去ろうとする。陰で一部始終を見ていた額蔵は義兄弟犬塚信乃のために道節のもつ村雨を取り戻そうとする。そのまま素手の組合になるが、額蔵の腰につけた護袋が道節の刀にからんでしまう。それを取り戻そうとして油断した隙に道節は額蔵を振りほどいて刀を抜き、額蔵も刀を抜く。斬りあいの中で額蔵も肘を斬られるが、返す刀で道節の肩の瘤を斬る。道節は火定跡の残り火を利用して火遁の術で逃走する。
　結局、道節の肩から出た「忠」の玉が額蔵の元に残り、額蔵の護袋に入った「義」の玉が道節の手元に行ってしまう。八犬伝唯一の玉交換。有名な場面なので浮世絵でもけっこう描かれている。

滸我芳流閣
犬士：犬塚信乃 vs 犬飼見八（現八）。
月日：文明十年（1478）六月二十一日昼。
場所：下総国猿島郡滸我、足利成氏屋敷内芳流閣屋上。
武器：刀 vs 十手。後に 素手 vs 素手。
記述：第三十一回。
経緯：
　村雨が偽刀だったために滸我成氏に敵の間者に疑われた犬塚信乃は、襲いかかる成氏家臣たちを斬り倒して逃走し芳流閣の屋上に逃れる。罪に問われて牢に入っていた家臣犬飼見八は信乃討伐を命じられ、芳流閣に登る。捕物の名手見八は十手で刀を持つ信乃と戦うが、遂に信乃の刀を落とす。その後、素手で組合うがそのまま屋上から転げ落ちて堀に停泊していた小舟に落ちて、そのまま川を流れ下る。
　超有名場面なので、浮世絵でも数多く描かれている。旧暦六月は盛夏。浮世絵で描かれる芳流閣には涼しげな感じのものもあるが、実はうだるような暑さの中での闘い。

田文地蔵堂
犬士：犬川荘助 vs 犬山道節。（荘助・道節、二度目の対決）
月日：文明十年（1478）七月六日夜。
場所：上野国甘楽郡荒芽山近くの田文地蔵堂脇の石塔付近。
武器：素手 vs 素手。
記述：第四十六回。
経緯：
　犬山道節の仇討ちの混乱に巻き込まれた、犬塚信乃・犬飼現八・犬田小文吾・犬川荘助の四犬士。荘助は殿で戦ったために他三犬士とはぐれてしまう。目的地である荒芽山麓の音音の家をめざす荘助は、途中、田文地蔵堂でお供えの食物で腹を満たす。そこへ仇の首級を埋めようとして二つかかえてやってきた道節。暗闇のため相手が分からぬ荘助は盗賊が盗品を持ってきたと思い、首級を取り押される。石塔を挟んで首級を引っ張り会ううちに、石塔を倒して組合うことに。そこへ道節の後からやってきた老人（実は姨雪与四郎）が仲裁するために杖を二人の間に押しこんで隔てる。その隙に刀を抜いた荘助だが、刀は石塔に当たって火花を散らしたのみ。その火花を使って道節は火遁の術で逃走する。
　荘助・道節の再戦。前回は玉交換だったが、今回は道節のもってきた首級と姨雪与四郎の持ってきた十条兄弟の首級が交換されてしまう。

下ノ諏訪
犬士：犬川荘助 vs 相模小猴子（犬阪毛野）。（仲裁：犬田小文吾）
月日：文明十四年（1482）六月某日昼。
場所：信濃国諏訪郡下ノ諏訪の茶店前。
武器：刀 vs 刀。（毛野使用刀は「落葉」）
記述：第八十回。
経緯：
　雪篠の両刀（小篠・落葉）を持って越後から武蔵に向かう馬加郷武らは信州下諏訪にて刀の試し斬りと称して鎌倉蹇児を斬る。それを見ていた鎌倉蹇児の仲間・相模小猴子（実は犬阪毛野）は馬加郷武らを斬り、雪篠の両刀を持ち去ろうとする。そこへ雪篠の両刀を取り戻すために馬加郷武を追ってきた犬川荘助がやってきて刀を押さえて引き戻す。両犬士は互いに顔を知らないため、ここで両者とも刀を抜いて斬りあう。草鞋を替えていたために遅れてやってきた犬田小文吾は近くにあった石柱を抜いて両者の間に倒して仲裁する。
　荘助にも毛野にも縁のある雪篠の両刀。お互いに自分のものだと信じていたが、小文吾から由来を聞いて互いに相手に譲る。しかし小文吾の意見により荘助が持つことになった。石柱で仲裁するのが力士小文吾らしいが、万が一名刀が折れてしまったらどうしたんだろうか。
　立ち去ろうとする相手の刀を押さえて刀をめぐって斬りあう、というパターンは本郷円塚山と同じ。

千住河の舟上
犬士：犬飼現八 vs 犬山道節＋犬塚信乃。（現八・信乃は二度目の対決）
月日：文明十四年（1482）九月中下旬夜。
場所：武蔵国足立郡穂北付近の千住河に浮かぶ小舟の上。
武器：素手 vs 素手。
記述：第八十四回。
経緯：
　穂北で盗賊と間違われて捕らえられてしまった犬村大角と犬飼現八。しかし両犬士の無実を感じ取った穂北領主の娘・重戸の手によって救われ、千住河原までやってきた。川を渡ろうにも深夜で舟がなく、現八は岸から少し離れて泊まっている小舟に飛び乗って竿を取ろうとした。この少し前にこの舟上で盗賊（真犯人）をたまたま取り押さえた犬山道節と犬塚信乃は、現八を盗賊の仲間と勘違いして取り押さえようとする。互いに振り払うことの出来ないでもみ合っているうちに、雲が流れて月明かりに照らされる。ここで犬士仲間だと分かって手を離した。
　水練が苦手な大角が舟に飛び移れなくて岸から見ているだけ、というところが隙のない大角にしては情けなくてちょっと可愛いかも。ここで真犯人が見つかったおかげで誤解がとけて、穂北の荘が犬士たちの溜まり場になる。

[ 戦う寸前まで行った場面 ]

荒芽山・音音の家
犬士：犬川荘助 vs 犬山道節。（荘助・道節、三度目の対決）
月日：文明十年（1478）七月六日～七日深夜。
場所：上野国甘楽郡荒芽山の麓の音音の家の囲炉裏のある部屋。
武器：両者、刀を抜こうと身構えた。
記述：第四十七回。
経緯：
　他犬士とはぐれた犬川荘助は真先に目的地である音音の家に着いた。音音への手紙を持つ犬塚信乃が着いていないため、音音は立ち去るふりをして外から様子を窺う。そこへ窓から風が吹き込んで囲炉裏の炎が消えて暗闇になってしまう。荘助は火をつけようとするがうまくいかない。そこへやってきた犬山道節。互いに相手の気配を感じて身構えるが、そこへ吹き込んだ風で今度は逆に炎が燃え上がる。明るくなったところで、太刀を抜こうすとる道節。荘助はそれを制止して犬士の由来を語る。
　本郷円塚山で戦って面識がある上に、互いに玉を交換している仲。道節も手に入れた「義」の玉を見て何かを感じていたために荘助の制止を受け入れた。

返璧・角太郎の庵
犬士：犬飼現八 vs 犬村角太郎（大角）。
月日：文明十二年（1480）九月九日早朝。
場所：下野国犬村返璧の角太郎の庵。
武器：角太郎は刀を抜いたが現八がその腕を押さえた。
記述：第六十五回。
経緯：
　雛衣が自害した時に飛び出した「礼」の玉で倒された偽の赤岩一角。それを見ていた偽一角の子・牙二郎は、犬村角太郎と妻雛衣が謀って殺したのだと罵り、刀を抜いて角太郎に襲いかかる。肘を斬られた角太郎を陰から見ていた犬飼現八は手裏剣で牙二郎を倒す。牙二郎を本当の弟と信じている角太郎は無用な助太刀を怒って現八に向かって刀を抜くが、現八はその腕を押さえて本物の一角の骸骨を角太郎の肘の下に持ってゆきその血を吸わせる。
　前日に本当の親子なら血が骨にしみこむという話をしているので、角太郎は血がしみこむ骸骨を見て、初めて目前に倒れている赤岩一角が偽物だと知る。この後、化猫の正体を現して蘇生した偽一角を倒す、という展開になる。